【倒産体験記】②倒産前日

倒産体験記

あの日の前兆

この数週間、確かに怪しい動きはあった。

定年まで当然のように勤め上げるタイプの経理部長が、突然退職したこと。

個人的にはまったく関わりのなかった監査法人から、なぜか私宛に売り上げ計上について問い合わせがきたこと。

さらに、弁護士から社長宛への頻繁な電話があったこと。

残された経理部員からは「この会社、そろそろ危ないかも」と耳にはしていた。

とはいえ、前年度は過去最高の売上を記録していたし、何より社長はとんでもない金持ちだ。

せいぜいM&Aで吸収されるのか、あるいは上場でも狙っているのか——その程度にしか考えていなかった。

不穏な会議室

倒産前日の朝。

出社すると、部長クラスが会議室に集められていた。

扉の向こうからは、ときおり怒号のような声が漏れ聞こえる。

何かただならぬやりとりが行われていることは、誰の耳にも明らかだった。

やがて会議室から出てきた部長たちは、どこか虚ろな表情で、無言のまま外出していった。

その背中を見送ると、残された社員たちは一斉にそれぞれの“見解”を語り出した。

「倒産するんじゃないか」

その予想は、ほぼ全員のあいだで一致していた。

不安を口にする者もいたが、なぜか妙な連帯感があって、社内の空気は意外と冷静だった気がする。

そして、夜

その日、私は落ち着かない気持ちを抑えながら、いつも通りに業務をこなした。

終業時間になると、多くの社員は帰宅していった。

営業部に所属していた私は、直属の部長から

「帰社が遅くなるから、仕事が終わったら先に帰っておいていい」

という電話をもらっていた。

とはいえ、元々帰りが遅い部署でもあり、なんとなく皆で部長の帰りを待つことにした。

夜10時ごろだっただろうか。

部長がようやく戻ってきた瞬間、営業部員が一斉に詰め寄った。

「何が起こっているんですか?」

最初はのらりくらりとかわしていた部長だったが、やがて根負けしたように、ぽつりぽつりと語り始めた。

部長の口から告げられた現実

「これから話すことは、弁護士から明日まで口外しないよう言われている。誰にも言わないでほしい」

「明日、会社がなくなるわけじゃない。社員がすぐに路頭に迷うこともない。落ち着いて聞いてくれ」

「倒産にも種類があって、うちの場合は“民事再生手続き”。会社は残す方向で動いている」

「明日、正式に民事再生を申請する。午後から各方面から問い合わせや取り立てがあると思う。対応マニュアルは明日配る」

——倒産? 民事再生?

頭が真っ白になった。

ググっても、言葉の意味すら頭に入ってこない。

「倒産」という現実だけが、何度も何度も脳内で反響していた。

その夜、私は何も考えられないまま、静かに会社を後にした。

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