逃げ出したい
退社後、電車に揺られながら、何とも言えないやるせなさに包まれていた。
何も考えたくない。逃げ出したい。
それでも——まずは妻に、事実を伝えなければならない。
どんな反応をされるのか、まったく想像がつかなかった。
帰宅したのは夜も遅く、幼稚園に通うひとり息子はめずらしくまだ起きていた。
妻は「寝かしつけてから食事の準備するね」と言って寝室に入っていった。
私は風呂に入り、リビングで妻が出てくるのを待った。
しばらくして妻が戻り、いつものように食事を用意してくれた。
席に着くと、向かい合って座り、妻は今日一日の出来事を楽しそうに話し始めた。
私はうなずきながら、打ち明けるタイミングを探していた。
ひと通り話し終えたのを見計らい、私は口を開いた。
妻へ伝える
「冷静に聞いてほしいんだけど……」
妻は「なになに? 怖い怖い」と言いながら、頭の中でいろいろ想像を巡らせたのだろう。
「女?」と、冗談めかして一番遠い答えを探るように言ってきた。
「……明日、会社が倒産するらしい」
妻にとっては、最悪の答えではなかったのかもしれない。
拍子抜けするほど、あっけなく返ってきた言葉は——
「逆によかったんじゃない?」
そのひとことで、救われた気がした。
妻は続けて、
「帰りも遅いし、休みの日も仕事ばっかりだし、昇給も少ないし……前から大変そうだったじゃない」
「これを機に転職活動すれば? がんばって」
と、前向きに励ましてくれた。
第一関門は、なんとか突破。
明日はどうなるのか、不安を抱えたまま、私はベッドに入った。
